ひとりの夜に、思うこと
2007年2月24日 恋愛久しぶりに、一人の夜を過ごしています。
手術後、あまり経っていなかったので
誘われていたスキーは断っちゃいました。
なので、彼だけ、長野へ・・・。
やっぱり雪少ないみたいです。
久しぶりに自分の日記を振り返って読んでいたのですが
気が付くと、2001年から、日記続けていたのね。
懐かしい〜。まさか、こんなに自分が続けるなんて思わなかったけれども、そのときそのときの自分のこっぱずかしい気持ちがよみがえってきて、ふぅっと大きな溜息をつきたくなる。
よく頑張ったな。
空白の期間で1年ちょっと日記を書いてないときがありました。
私が一番つらかった前の彼との別れた後。
2002年から2003年は本当につらかった。
2002年の秋に前の彼と別れ、とてもじゃないけど一人ではいられず、お母さんにきてもらって、一緒に2ヶ月くらい住んでいたけど、お母さんの鬱がまた出てきてしまって私では看病できなくて、無力感でいっぱいだった。そんなときに、
2003年の春にらむちゃんが死んでしまってひとりぼっちだった。
今までで彼という人称が何人かでてくるので、わかりにくいかもしれないけど、今の彼はずっと日記にもでてきていた『やつ』なんです。
会社に入ってから、やつ(今の彼)への気持ちもあったけど、やつを傷つけてしまっていたし、前の彼への気持ちとやつへの気持ちの整理やらなにやら全然できなくて、ただただ自分のことをキライになってしまっていた。前の彼に言われたひどいことや全否定されてしまった私のアイデンティティやら、すべてが崩れて、本当にゼロからのスタートでつらくて、つらくて、毎日泣いてた。
人生お先、真っ暗で自分がどうしたいかもわからなくて
自分がどんな人間だったのかもわからなくて
泣いて泣いて、ひらすら仕事に打ち込んで
資格試験の勉強したり、一生懸命に遊んだり必死だった。
色んなことがある度に、親友と話していたんだけど、『人生プラスマイナスゼロ』ってこと。
どんなにつらいことが待っていても
そのあとには、必ず幸せが待っている。
まだ、二十数年しか生きていないけど真理だと思う。
それに、振り返ってみるとつらい時期ほど、
素晴らしい人にであって、支えられてる。
それは、すごいことだし、感謝してもしたりないくらいだと思う。
人生一歩間違えれば、お水にどっぷりはまらないといけなかったかもしれないし、(お水で働くことがだめといっているわけではないけど、私はそもそもおじさんが大嫌いだから、私にとっては地獄・・・)就職のときも、自分のいきたい道に前の彼が導いてくれた部分も大きいし、(腹がたつひどいことも未だにありますがね)その前の彼と別れてつらかった時期に、先輩がご飯やコンパになんだりかんだり誘ってくれて、なんとか励ましてくれたり、そういうやさしさって本当に嬉しかった。
どん底ってどんな人にもあると思うし、どうしようもできないくらいのときって、あがいてもしょうがない。
でも、その中でも必死でなにかがんばり続けたら、
ちゃんとあとでご褒美が用意されてると思うの。
人に愛されることの意味もわからず、愛されることにあぐらをかいて、自分のワガママを通したり、相手の気持ちを考えることができなかったり、ただ自分の好きな気持ちだけ、自分勝手な気持ちをどうしてわかってもらえないんだろうと思ったり、
私は自分勝手だった。
経験を積んで、年をとって
自分が客観的にみれるようになって
人の心の痛みもわかるようになって、
少しずつ、自分のことも好きになれるようになった。
自分のことを少しずつ好きになれるようになった2005年。
やっと、誰かと付き合ってもいいのかな、と思えるようになった。名古屋の彼とやつのこと、サークルの友達のこと、ぐるぐる悩んで、やつに聞かれても、自分の気持ちを素直にいうことができなかった私は、名古屋の彼とのつきあいをスタートさせた。
自分がやつへの好きの気持ちがあったのに、諦めてた。
私が名古屋の彼と結婚を決めたときに
友達にすごく心配されて、『一番好きな人でなくて大丈夫なの?』っていわれて、心が痛んだ。大丈夫とは、答えたものの
時間が経てば経つほど、たまたまやつと一緒の時間が増えれば増えるほど、びっくりするほど、楽しくて嬉しくてまた、やつのことを好きになってしまいました。
そのやつと今、一緒にいること
信じられないことがたくさん、起きたわけで
幸せすぎて、やっぱりどこかで怖い気持ちがあるんだろう。
ここ最近日記を書きながら
なんとなく、自分の気持ちを整理している部分がある。
夢で、高校時代の彼にさらわれる夢とか
名古屋の彼や名古屋の彼のお母さんがでてきて
私をせめる夢をなんどもみている。
気持ちのどこかに私みたいに人を傷つけてきた人が
本当に幸せでいていいんだろうか?という疑問がわいてくる。
そう、いつも不幸せなことがてんこもりで襲ってくるから
いつもその恐怖におびえて、こんな悪いことが起こるんじゃないかっていう最悪の事態をいつも考えて行動しないといけなくなってた。
今は、その最悪な事態すらも考えられないくらい彼と
離れたくない。
自分の中の不幸の連鎖みたいなものを断ち切って
自分の道を一歩一歩、彼と一緒に歩いていきたい。
彼と家族になって、温かい空気の中で生活をし続けたい。
周りの友人達は結婚して当たり前のように
だんなさんと一緒にいる姿をみると、本当にいいなーと思う。
一人で居ても、心が温かい。
明日には、彼は帰ってくる。嬉しいな〜♪
追伸 最近、色んな人が日記をみてくれているので
気になって相手の方の日記も読んでいます。
改めて、日記書いている人に色々な方がいるんですよね。
中にはとても悲しい気持ちの方もいて、簡単にはかける
言葉も見つかりません。
どんなにつらいときでも、必ず朝はやってくるし、
前にあるかないといけない。こんな日記の片隅ですが
あなたが元気に笑える日がくるよう祈ってます。
手術後、あまり経っていなかったので
誘われていたスキーは断っちゃいました。
なので、彼だけ、長野へ・・・。
やっぱり雪少ないみたいです。
久しぶりに自分の日記を振り返って読んでいたのですが
気が付くと、2001年から、日記続けていたのね。
懐かしい〜。まさか、こんなに自分が続けるなんて思わなかったけれども、そのときそのときの自分のこっぱずかしい気持ちがよみがえってきて、ふぅっと大きな溜息をつきたくなる。
よく頑張ったな。
空白の期間で1年ちょっと日記を書いてないときがありました。
私が一番つらかった前の彼との別れた後。
2002年から2003年は本当につらかった。
2002年の秋に前の彼と別れ、とてもじゃないけど一人ではいられず、お母さんにきてもらって、一緒に2ヶ月くらい住んでいたけど、お母さんの鬱がまた出てきてしまって私では看病できなくて、無力感でいっぱいだった。そんなときに、
2003年の春にらむちゃんが死んでしまってひとりぼっちだった。
今までで彼という人称が何人かでてくるので、わかりにくいかもしれないけど、今の彼はずっと日記にもでてきていた『やつ』なんです。
会社に入ってから、やつ(今の彼)への気持ちもあったけど、やつを傷つけてしまっていたし、前の彼への気持ちとやつへの気持ちの整理やらなにやら全然できなくて、ただただ自分のことをキライになってしまっていた。前の彼に言われたひどいことや全否定されてしまった私のアイデンティティやら、すべてが崩れて、本当にゼロからのスタートでつらくて、つらくて、毎日泣いてた。
人生お先、真っ暗で自分がどうしたいかもわからなくて
自分がどんな人間だったのかもわからなくて
泣いて泣いて、ひらすら仕事に打ち込んで
資格試験の勉強したり、一生懸命に遊んだり必死だった。
色んなことがある度に、親友と話していたんだけど、『人生プラスマイナスゼロ』ってこと。
どんなにつらいことが待っていても
そのあとには、必ず幸せが待っている。
まだ、二十数年しか生きていないけど真理だと思う。
それに、振り返ってみるとつらい時期ほど、
素晴らしい人にであって、支えられてる。
それは、すごいことだし、感謝してもしたりないくらいだと思う。
人生一歩間違えれば、お水にどっぷりはまらないといけなかったかもしれないし、(お水で働くことがだめといっているわけではないけど、私はそもそもおじさんが大嫌いだから、私にとっては地獄・・・)就職のときも、自分のいきたい道に前の彼が導いてくれた部分も大きいし、(腹がたつひどいことも未だにありますがね)その前の彼と別れてつらかった時期に、先輩がご飯やコンパになんだりかんだり誘ってくれて、なんとか励ましてくれたり、そういうやさしさって本当に嬉しかった。
どん底ってどんな人にもあると思うし、どうしようもできないくらいのときって、あがいてもしょうがない。
でも、その中でも必死でなにかがんばり続けたら、
ちゃんとあとでご褒美が用意されてると思うの。
人に愛されることの意味もわからず、愛されることにあぐらをかいて、自分のワガママを通したり、相手の気持ちを考えることができなかったり、ただ自分の好きな気持ちだけ、自分勝手な気持ちをどうしてわかってもらえないんだろうと思ったり、
私は自分勝手だった。
経験を積んで、年をとって
自分が客観的にみれるようになって
人の心の痛みもわかるようになって、
少しずつ、自分のことも好きになれるようになった。
自分のことを少しずつ好きになれるようになった2005年。
やっと、誰かと付き合ってもいいのかな、と思えるようになった。名古屋の彼とやつのこと、サークルの友達のこと、ぐるぐる悩んで、やつに聞かれても、自分の気持ちを素直にいうことができなかった私は、名古屋の彼とのつきあいをスタートさせた。
自分がやつへの好きの気持ちがあったのに、諦めてた。
私が名古屋の彼と結婚を決めたときに
友達にすごく心配されて、『一番好きな人でなくて大丈夫なの?』っていわれて、心が痛んだ。大丈夫とは、答えたものの
時間が経てば経つほど、たまたまやつと一緒の時間が増えれば増えるほど、びっくりするほど、楽しくて嬉しくてまた、やつのことを好きになってしまいました。
そのやつと今、一緒にいること
信じられないことがたくさん、起きたわけで
幸せすぎて、やっぱりどこかで怖い気持ちがあるんだろう。
ここ最近日記を書きながら
なんとなく、自分の気持ちを整理している部分がある。
夢で、高校時代の彼にさらわれる夢とか
名古屋の彼や名古屋の彼のお母さんがでてきて
私をせめる夢をなんどもみている。
気持ちのどこかに私みたいに人を傷つけてきた人が
本当に幸せでいていいんだろうか?という疑問がわいてくる。
そう、いつも不幸せなことがてんこもりで襲ってくるから
いつもその恐怖におびえて、こんな悪いことが起こるんじゃないかっていう最悪の事態をいつも考えて行動しないといけなくなってた。
今は、その最悪な事態すらも考えられないくらい彼と
離れたくない。
自分の中の不幸の連鎖みたいなものを断ち切って
自分の道を一歩一歩、彼と一緒に歩いていきたい。
彼と家族になって、温かい空気の中で生活をし続けたい。
周りの友人達は結婚して当たり前のように
だんなさんと一緒にいる姿をみると、本当にいいなーと思う。
一人で居ても、心が温かい。
明日には、彼は帰ってくる。嬉しいな〜♪
追伸 最近、色んな人が日記をみてくれているので
気になって相手の方の日記も読んでいます。
改めて、日記書いている人に色々な方がいるんですよね。
中にはとても悲しい気持ちの方もいて、簡単にはかける
言葉も見つかりません。
どんなにつらいときでも、必ず朝はやってくるし、
前にあるかないといけない。こんな日記の片隅ですが
あなたが元気に笑える日がくるよう祈ってます。
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